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~南中だより~ より 

  • 執筆者の写真: Ongaen-Director
    Ongaen-Director
  • 2025年8月8日
  • 読了時間: 3分

遠賀南中学校通信(第10号)に前回のブログに書いた音楽部のみなさまの記事がありました。地域ふれあいコンサートの記事でした。


そしてこの号の始まりは8月6日の特別な出校日 この日が出校日である意味について・・書かれていました。


戦後80年平和学習を通して学んだこと、そして自分たちにできることを考える一日であったことがかかれていました。


そして学年通信では「戦争を身近に感じた日」と題して、ここにも遠賀園でのエピソードが書かれていました。

以下に転記したいと思います。


~この夏、音楽部は特別養護老人ホーム「遠賀園」を訪れ、慰問演奏会を行いました。その時のエピソードがとても印象的だったので、紹介します。


老人ホームということもあり。施設利用者の方々の「懐かしのメロディー」を意識して少し渋めのプログラムで演奏しました。演奏が終わってから片付けをしようとしていた私に、介護士の方が話かけてこられました。

「あちらの方が昔、アコーディオンを弾いていたとおっしゃっているので、ちょっと楽器をさわらせてもらってもいいですか」わたしは自分がかかえていたアコーディオンをもって、ベットに腰かけたおじいさんのもとに行きました。

「昔、弾きよったけど、、もう弾けんよ・・」と遠慮されていましたが介護士さんが「楽器をもって写真だけでも撮りましょうよ」というのでわたしはそっとおじいさんの膝の上にアコーディオンを置きました。

すると、おじいさんは、とても穏やかな表情でアコーディオンを抱え、ゆっくりと指を動かしていました。音はなりませんでしたが、おじいさんの耳には、自分の奏でるアコーディオンの音が聞こえていたのかもしれません。

「昔ね・・音楽部やってね・・五年生のころやったか、卒業式で『仰げば尊し』と『蛍の光』を弾くことになっとんやがね・・戦争で弾けんやったんよ・・。弾きたかったねぇ・・」とぽつり、ぽつりと語られました。

おじいさんの年齢は94歳。80年前、皆さんと同じ年齢だったおじいさん。そのおじいさんが口にした『戦争』という言葉にはっと息をのみました。そして、「戦争」が急に自分に近づいたような・・急に現実味を帯びたような・・身近なものに感じられました。

「次に来たときには、『仰げば尊し』と『蛍の光』を演奏しますね」と私がいうと、静かに微笑んでいらっしゃいました。おじいさんの経験した、明日をも知れない命・・死と隣り合わせの生活・・諦めたものの多さ・・二度とやり直せない青春時代・・。その日家に帰ってからも、いろいろなものが私の頭のなかをぐるぐると廻っていました。


未来のために過去を語り継ぐこと・・それが私たちにできること 

                        遠賀南中学校学年通信より~


そういえば戦争を体験している方の話を直接きける機会減ってきていることに改めて気がつきました。

戦争体験に限らずですが、もっともっとその方の生きてきた時代のこと聞いておきたいな、って思いました。

ここ遠賀園にはそんなお宝がたくさんあります。


そしてこの場をおかりしてご家族のみなさまにお願いです。

わたしたち職員はご利用者さまのことをもっともっと知りたいとこころより思っております。

ご家族だからこそ知っているその方の「かけがえのない情報」がわたしたちにとって何よりもの指針になります。その方の人生の背景を知ることで私たちはより深くそのかたに寄り添うことができます。


たとえ言葉でのコミュニケーションが難しくてもその方の好きな歌を一緒に歌ったり想いで話をすることで穏やかな気持ちで共に時間をすごすこともできます。


足を運んでくださった折にはどうか「その方らしさ」を語ってください。


まだまだ暑い日が続きます。どうか一層ご自愛のほどを。




 
 
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